脳、特に認知機能に関しては年齢とともに低下していくものです。そして高齢化社会において、これをなるべく防ぐことは、福祉関連の費用抑制や事故の予防、そしてなにより高齢者の皆さんのQOL向上につながるという意味で、社会的に意義があります。
今回は脳の認知機能低下を改善する(あるいは予防する)ストラテジーを紹介します。
認知機能は当然「脳」の重要な機能ですが、ざっくり以下の3つに分けられます。
①記憶・学習②情報処理・判断③実行・推論
また物理的な構成要素として以下の2つがあります。
④血流(動脈、静脈、リンパ流)⑤脳実質(神経細胞、支持細胞、血液、髄液)
これらをレストランの経営に置きかえると①調理・接客サービス・経営のノウハウ②マーケティング・メニュー作成など③サービス提供・店舗運営など④物流(調達、不要物搬出)⑤人材(シェフ、給仕係、ハウスキーピングなど)、什器
脳の構成要素とレストラン経営の相同性
したがってこれらの構成要素にそれぞれ問題が生じれば脳の機能が低下します。以下に脳の問題とレストランの問題を並べてみます。
例1)血管障害による脳血流低下=レストランでの食材入荷の遅延
例2)慢性的な高血糖による神経細胞や支持組織の機能低下=職員のエンゲージメントやモチベーション低下によるサービス質の悪化
例3)頭を使うことなくぼーっと毎日を過ごしていた結果、物覚えが極端に悪くなる=料理やサービス内容についてPDCAをまわさずやり続けた結果、客足が落ちる
では具体的にどのような身体への介入と脳の認知機能改善について科学的に検証されているかを見てみましょう。
運動は脳の認知機能改善へ強く関与
エネルギー代謝異常は、脳の老化のすべての特徴の根底の要因です。加齢に伴い、細胞がインスリンに反応してグルコースを取り込む効率が低下するため、空腹時グルコースレベルが上昇し、その結果、脳の老化の促進、認知機能の低下、認知症と関連性を指摘されています。グルコースは神経細胞にとって重要なエネルギー源であるため、脳機能はインスリン抵抗性の悪影響に特に敏感であり、加齢に伴う代謝や心血管系の変化(脂質異常症、トリグリセリドやLDLコレステロールの増加など)により、さらに悪化する可能性があります。その結果、末梢インスリン感受性や代謝の健康を損なう座りがちなライフスタイルや不健康な食生活も、脳の老化を加速させることにつながるとことから、これらを解決する身体活動、とくに運動は注目され、多くの研究の結果、ポジティブな結論に達しています。ここでは有酸素運動、ダンス、太極拳などのレジスタンストレーニングについて結果だけ紹介します。
有酸素運動・1年間の有酸素運動(40分ウォーキング)がデフォルトモードと集中モードの結合性を改善(思考の切り替え 人対象)し、思考の切り替えが改善したとしています。・別の研究では有酸素運動が記憶を担う海馬の体積を2%増やすと報告しています(動物実験)。・座りっぱなしのライフスタイルにくらべ長時間動く動く人で選択反応時間、単純反応時間がいいことがわかっております。・有酸素運動による体力向上トレーニングプログラムを3ヵ月間実践したところ、トレーニング群では「情報の処理速度」が向上するという報告もあります。
ダンスなど・アマチュアダンス群では認知能力が高く、姿勢やバランスパラメータも良好という結果が得られています。・別の介入研究でも反応時間やワーキングメモリなど、あらゆる認知能力にも大きな効果があると結論づけられています。・この研究では心肺機能への影響はなくても認知機能への影響は大きいと考察されています。 その理由として、ダンス運動が身体的活動と豊かな感覚運動や認知的関与、その他の社会的・情動的刺激を組み合わせているとのことなどが挙げられています。
また、ダンスの種類による違いはないようで、フォークロアダンスからタンゴ、サルサ、ジャズまで、幅広い種類のダンスが有益な効果を示しているとのことです。※ワーキングメモリとは、作業や動作に必要な情報を一時的に記憶・処理する能力です
太極拳、武術・太極拳:55歳以上の高齢者3799人を含む36の研究のメタアナリシスでは、身体機能、転倒リスクの減少、抑うつ、不安において有意な改善が得られると結論づけられております。・カンフー、柔道、空手、テコンドーなどの武道:高齢者の認知領域を改善することが示されており、これには姿勢制御、視覚-空間的注意、動的視力だけでなく、ワーキングメモリや情報処理速度も改善と言われています。・メタ分析研究の結果は、高齢者の健康的な認知機能を促進するためには、有酸素運動とレジスタンストレーニング(太極拳など)の組み合わせがより大きな利益をもたらす可能性が示唆されています。
脳トレは認知機能を改善するか
一般的に、記憶訓練が効果的であるという考えは、研究によって支持されているようです。記憶訓練介入は健康な高齢者の長期エピソード記憶を改善する可能性が示唆されています。
脳トレプログラムの効果
ある研究では若年者と高齢者を対象に、5週間のコンピュータ化されたワーキングメモリ訓練の研究では、若年および高齢の訓練参加者は、訓練された課題において対照群よりも向上したことが示されました。これらの改善は18ヵ月後も有意でした。高齢者では学習は長く続きましたが、訓練されたこと以外の他の課題への影響は見られませんでした。
ビデオゲームで高齢者の脳を鍛える?
ほとんどのビデオゲームはアクションゲームであり、高齢者の興味やニーズを考慮して開発されたものではないですが、一方で、視覚空間的注意、実行制御、周辺視野など、若年成人の認知力の側面が向上することが示唆されています。このビデオゲームのトレーニングは非常に活発な研究分野です。しかしほとんどのアクションビデオゲームは、スピードが速く、周辺処理を重視し、異なる行動計画間の選択を必要とし、時には暴力的であるため、高齢の参加者には適切でも興味深くもないのが課題です。高齢者にゲームを判断してもらったところ、アクションゲームは非アクションゲームよりも楽しめないと評価されました。さらに、これらのタイプのゲームは、非アクションゲームと比較して介入コンプライアンス(実際にやってくれる割合)が最も低かったようです。
高齢者を対象とした研究において ビデオゲームを介入ツールとして使用することへの関心が高まっているにもかかわらず、その有効性に関するエビデンスはまちまちのようです。
以上より、コンピュータを用いた認知トレーニングは、実行機能においては有意な効果を示せませんでしたが、特定の認知領域(ワーキングメモリなど)において軽度から中等度の改善を示しました。
なにより社会的関与が大きな要素
かなり前から、成人期に知的活動や社会的活動に従事した人は、加齢に伴う認知機能の低下が少ないことが、数多くの相関データから示唆されています。また、認知機能の維持と高齢期でのソーシャルエンゲージメントとの強い関連がわかっています。
ソーシャル・エンゲージメントとは、ソーシャル・エンゲージメントとは、
①「社会への関心があること」、②「社会的責任感を持っていること」、③「社会課題解決への効力感」という3つの側面からなる、個人が持つ「社会への志向性の強さ」のことです。
以下に面白い研究をご紹介します。(1)レストラン、スポーツイベントや場外馬券場、ビンゴゲームに行く、(2)日帰り旅行や一泊旅行に行く、(3)無報酬のコミュニティ活動やボランティア活動をする、(4)親戚や友人の家を訪問する、(5)高齢者センター、コロンブス騎士団、ロザリオ会などのグループに参加する、(6)教会や宗教行事に参加するなど、社会的交流を伴う以下の6つの一般的な活動の頻度を調べたある研究では、社会活動のレベルが高いほど、平均5.2年の追跡調査期間中の認知機能の低下が少なかったとのこと。さらに、社会活動スコアを策定(範囲=1~4.2、平均=2.6、SD=0.6)して、その1ポイント上昇すると、全体的な認知機能の低下率が47%減少したそうです。
社会的に活動する頻度が高い人(スコア=3.33、90パーセンタイル)では、社会的に活動する頻度が低い人(スコア=1.83、10パーセンタイル)に比べて、全体的な認知機能の低下率が平均70%減少するようです。この関連は5つの認知領域(エピソード記憶、意味記憶、作業記憶、知覚速度、視空間能力)と関連しているそうです。それ以外にも非常に多くのコホート研究が報告されていて、どれもソーシャル・エンゲージメントが認知機能維持にポジティブな結果を示しています。
合わせわざがいい!
出典①のレビューでは、さらにこの社会的強化ネットワーク、そして認知的刺激、身体的刺激が組み込まれた多領域混合介入は、脳の生理学的老化にもかかわらず、より高い認知機能と日常活動機能をサポートするだろう、と結論付けています。
まとめ
以上より、私たちが今からやれることとして、コミュニティに参加し、有酸素運動を定期的に実施し、かつ脳を刺激するアトラクションを取り入れたら、長い人生において認知機能の低下に悩まされる負担が減るのでは②でしょうか。
出典:
①Maintaining older brain functionality: A targeted review https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26054789/
②Novel Strategies for Healthy Brain Aging https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7967995/
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